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日々のヲタクの思考

ニコニコ動画の好きな所

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最近の歌ってみたはニコニコ動画(以後通称ニコ動)よりユーチューブに投稿されることが多く、視聴者もその方が視聴しやすいようです。


なぜ、ニコ動離れが進んでしまったのでしょうか?

 

よく聞くのは同時視聴者数に上限があるので全員が聞けないこと。放送や動画が不安定で視聴するのにストレスがかかる事です。これは人気があれば同時視聴者が増えるのは予想できるしそれによってサーバーに負荷がかかることは予想できます。ですがその対策をするのが遅れ、その間に他の投稿サイトに視聴者や投稿者が流れてしまったというのが現状だと思います。確かに私も最初はニコ動独特の文化に馴染めませんでした。私は初めてボカロ曲を聞いたのがニコニコ動画だったのですが動画を再生すると左から右にそれぞれのコメントが流れることに衝撃を受けました。なぜわざわざ画面上にコメントを流すんだろう?とよくわからなかったのが正直なところでした。せっかくの素敵な動画が見づらい!と、最初のうちはコメントを非表示にして動画と歌だけを楽しんでいました。昔は治安が悪い動画も多くアンチによって罵詈雑言が永遠と流れていく動画もありましたし、卑猥なAA(アスキーアート)が流れる動画もありました。そんな動画を見るうちにこんな機能何故つけたんだ?と疑問が募るばかりだったのです。

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そのうち歌い手さんの生放送に行くようになってくると、自分が打ったコメントが画面を流れ、それを歌い手さんがリアルタイムで読んで反応してくれる。同じ世界のどこかで、相手もパソコンに向かって話してくれていることが、何とも言えないリアルに感じられました。コメントが画面を流れることで、放送主がコメントを拾いやすいことがわかり、何度も放送を聞いているうちになんとなく嫌悪感が薄れていきました。あと感動したのは、生放送で歌い手さんが歌っているとどこからともなくコメントで歌詞が流れてくるのです。当時放送にふらっと現れる歌詞職人と言われる人たちでした。歌い手さんが歌うであろう歌を予想し、それに合わせた歌詞を流すという一種の特別な楽しみ方をしている人たちです。もちろん、タイピングでコメントを打っているわけではありませんが、歌詞を出すタイミングや鼻歌でさえも歌詞をつけてしまうプロ級の技術にとても楽しませてもらっていました。

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そしてある日、放送でコメントの弾幕が綺麗だという話題があがりました。その時はじめて聞いた弾幕という言葉に興味が湧いて、放送が終わってすぐに話題になった動画を見に行きました。そこには、いつものそれぞれが自由に書き込んでいる殺伐としたコメントではなく、色とりどりの星が左から右へと縦横無尽にキラキラと流れていたのです。途中でハートが流れたり、歌っている初音ミクのAAが流れたりと、それはもう更なる化学反応を目の当たりにして感動で鳥肌が止まりませんでした。私が見ていたのは悪い一面であり、本来の素敵な機能の使い方はこっちだったのです。それからは素敵な弾幕に出会うと幸せな気持ちになったのです。

 

私はこの一件以来、動画も放送も基本的にコメント付きで見ています。そして素敵なコメントを見つけては共感でニヤニヤしているのです。私は今でもニコ動の文化が大好きです。できればまた活気づいてほしいと思っていますが、時代の流れに逆らえないこともわかっています。

 

でも、好きなものが廃れていく様を見ているのは胸が締め付けられますね。